2010年3月 4日
卑弥呼人物比定
卑弥呼が、『古事記』や『日本書紀』に書かれているヤマト王権の誰にあたるかが、江戸時代ころから議論されていた。ただ
し現代では、神話伝説から成る『古事記』や『日本書紀』を歴史的事実の反映であるとして解釈することは水掛け論を生むば
かりで、あまり有意義な議論とは考えられていない。(#卑弥呼=卑弥呼説参照)
神功皇后説
『日本書紀』の「神功皇后紀」においては、「魏志倭人伝」の中の卑弥呼に関する記事を引用している。このため江戸時代ま
では、卑弥呼はヤマト王権の神功皇后だと考えられていた。この説にたてば、邪馬台国は畿内にあったことになる。
熊襲の女酋説
本居宣長、鶴峰戊申、那珂通世らが唱えた説。本居宣長、鶴峰戊申の説は卑弥呼は熊襲が朝廷を僭称したものとする「偽僣説
」である。宣長は日本は古来から独立を保った国という考えに立っており、「魏志倭人伝」の卑弥呼が魏へ朝貢し倭王に封じ
られたという記述は宣長の受け入れるものではなかった。宣長は「魏志倭人伝」の記述から邪馬台国は九州にあったと結論し
、九州の熊襲の女酋長が勝手に神功皇后の使いを偽って魏へ通交したと考えた。また、那珂通世は卑弥呼は九州の女酋であり
、朝廷や神功皇后とは無関係であるとする。これらの説の考えは現在、九州王朝説へと引き継がれている。
甕依姫説
九州王朝説を唱えた古田武彦は、『筑後風土記逸文』に記されている筑紫君の祖「甕依姫」(みかよりひめ)が「卑弥呼(ひ
みか)」のことである可能性が高いと主張している。また、「壹與(ゐよ)」(「臺與」)は、中国風の名「(倭)與」を名
乗った最初の倭王であるなどと主張している。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
卑弥呼についてはいろいろな説があるようですね。
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